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大阪高等裁判所 平成2年(ラ)151号 決定 1990年8月17日

抗告人 由良榮一

代理人弁護士 御園賢治

主文

原決定を取消す。

本件を和歌山地方裁判所に差戻す。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

2  記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告由良陞と被告(本件抗告人)由良榮一、被告由良修、被告由良晶一、被告由良章三、被告由良純三、被告由良泰夫及び被告由良サワ子との間の和歌山地方裁判所昭和五〇年(ワ)第二九五号土地等共有物分割請求事件について、昭和五四年三月二日要旨次のとおりの裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

(1)  原告由良陞、被告(本件抗告人)由良榮一、被告由良修、被告由良晶一、被告由良章三、被告由良純三は、原決定添付物件目録記載の土地建物(以下「本件各物件」という。)を昭和五九年四月末日限り売却し、その売得金から一三〇万円を被告由良純三が取得し、その残金から売却に要した諸経費を控除した残額の七分の二を被告(本件抗告人)由良榮一に、各七分の一を原告及び被告由良章三、被告由良修、被告由良晶一及び被告由良純三に配分する。

(2)  本件各物件について昭和五九年四月末日までに売却処分ができない場合は、原告及び各被告は本件和解調書に基づきそれぞれ単独で本件各物件を競売に付し、売得金から前項の割合の金額を取得することができ、又は原告及び被告らは直ちに共有物分割の請求を成し得、その場合は原告、被告らは競売による分割をなすことを合意し、各自競売の申立ができるものとする。

(二)  その後、抗告人は由良晶一から本件各物件の持分七分の一の譲渡を受け、有宏化学工業株式会社は由良章三から本件各物件の持分の七分の一の譲渡を受けた。

(三)  ところで、上記和解条項に基づき本件各物件の売得金を上記割合で配分するために任意売却が試みられ、しかも、関係者の合意で一年間期間が延長されたが、結局任意売却をすることができなかった。そこで、抗告人は本件和解に基づき民事執行法第一九五条、民法二五八条により共有物分割の換価のための競売(本件競売)を申立てた。

3  そこで、売得金を分割するために競売手続によって共有物件を換価する旨の裁判上の和解をすることができるか否かについて検討する。

(一)  もともと共有物をいかに分割するかは当事者が自由に協議して決定することができるのであるが、協議が調わないときに共有者が提起する共有物分割の訴(民法第二五八条第一項)は、実質的には非訟事件であって形式的形成訴訟と解されており、裁判所は当事者の申立や主張に拘束されずに後見的な判断で分割の実施方法を適宜に定めねばならないのである。そして、分割の方法は現物分割を原則とするけれども、「現物ヲ以テ分割ヲ為スコト能ハサルトキ又ハ分割ニ因リテ著シク其価格ヲ損スル虞アルトキ」には、共有物を換価した上で代金を分割する方法によって共有物を分割するために、「裁判所ハ其競売ヲ命スルコトヲ得」(同条第二項)るものとされているのであって、同条項が裁判所が競売を命ずることとしているのは、競売手続による換価が、当事者の私的な売却方法ではなく、国家が営為する競売手続を利用する換価方法であるから、換価の許される場合に当るか否か、共有物分割の方法として適当か否かの点について、当事者の申立や主張に拘束されない裁判所の判断を経させることに重点があるものと解される。したがって、裁判所が当事者の申立や主張に拘束されずに上記諸点について実質的に判断して手続に関与するのであれば、必ずしも判決でなくとも、裁判上の和解により競売手続による換価を合意することも許されるというべきである。

(二)  ところで、上記認定事実によれば、本件和解成立時の本件各物件の共有者は六名と多数である上、本件各物件は三筆の土地とその上に建てられた数個の建物であるから、一般的に本件各物件は現物分割に適さないものと認められる。しかも、本件和解において、まず本件各物件を任意に売却することを試み、それができない場合に競売による売却を行うこととされて、いずれにしても本件各物件を売却することが前提とされていることに照らせば、本件各物件を現物分割することは不可能であるか又は可能であるとしても現物分割によって著しく価格が低下する虞があり、換価した上でその代金を分割するのが共有物分割の方法として適当と認められ、前記事件の受訴裁判所も同様の判断の下に、実質上は競売を命じる判決をする代わりに裁判所が関与して上記のとおり合理的かつ柔軟な内容の本件和解を成立させて条件付で競売を命じたものと考えられる。

(三)  そして、手続上も、共有物分割の際の換価のための形式的競売は「担保権の実行としての競売の例による。」(民事執行法第一九五条)とされるところ、担保権の実行としての不動産競売開始のために提出すべき文書には、「担保権の存在を証する確定判決」の外に「これと同一の効力を有するものの謄本」(同法第一八一条第一項第一号)が含まれており、確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法第二〇三条)和解調書が共有物分割の換価のための形式的競売開始のために提出すべき文書にあたることは明らかである。

(四)  そうすると、本件和解は裁判所が当事者の申立や主張に拘束されずに上記換価の要件の充足の有無や分割方法として適当か否かについて実質的に判断した上で、競売手続によって換価することとしたものであるから有効であり、しかも、和解調書は形式的競売開始のために提出すべき文書にあたるから、抗告人は本件和解調書に基づき本件各物件について競売申立をすることができるといわねばならない。

4  よって、原決定は失当であるからこれを取消し、更に審理を尽くさせるため本件を和歌山地方裁判所に差戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 長門栄吉 裁判官 永松健幹)

別紙 抗告の趣旨

和歌山地方裁判所平成二年(ヌ)第五号不動産競売申立事件について、同裁判所が平成二年三月二二日にした競売の申立を却下する旨の決定を取消す。

との裁判を求める。

抗告の理由

1 抗告人は、平成二年二月一五日、和歌山地方裁判所に対し、不動産競売の申立をし、右申立は和歌山地方裁判所平成二年(ヌ)第五号(以下「本件申立」という)として受理された。

2 和歌山地方裁判所は、本件申立に対し、「右申立は和歌山地方裁判所昭和五〇年(ワ)第二九五号土地等共有物分割請求事件の和解調書(競売に付し、売得金を配分する旨の条項)に基づき、民事執行法第一九五条、民法第二五八条により共有物分割の換価のための競売を求めるものであるところ、民法第二五八条の共有物分割請求の訴えは、実質的非訟事件であって形式的形成訴訟と解されており、当事者としては、裁判所の判決を取得する以外には、共有物の価格分割の具体的施行方法としての競売申立権を取得できず、よって、上記裁判上の和解調書による本件申立は理由がない」として平成二年三月二二日、本件申立の却下決定(以下「原決定」という)を下し、抗告人は同月二六日、右決定書の送達を受けた。

3 しかしながら、原決定は、以下の如く、民法第二五八条、民事訴訟法第二〇三条の解釈・適用を誤り、法令に違反するもので、到底承服し難いものである。

(1)  原決定は、共有物分割請求の訴えは、民法第二五八条が、裁判所の分割方法の選択及びその具体的実施方法について、制限ないし順序を指定している趣旨から、法は判決を取得する以外には競売申立権を生じさせないものと解釈し、裁判上の和解によっては競売によるべき旨の合意を有効になし得ないものと断じている。

(2)  確かに、共有物分割の訴えにつき、種々の実体上・手続上の制約が存することは、原決定の指摘する通りである。

しかし、共有物分割の訴えにつき、右の如き、種々の実体上・手続上の制限が付されているのは、それが、性質上、合目的的裁量行為でありながら、共有物の分割の在り方そのものが、当事者の利害に関して極めて重大な結果をもたらすものであることから、共有物分割の最後の手段として、裁判所の関与の下に、訴訟事件として厳格な手続的制約に付して、形成的に共有物分割の効力を発生させ、共有者に競売申立権を付与しようとしたものであり、究極的には共有物分割の当事者を保護するところに、その趣旨があるものというべきである。

(3)  共有物分割につき、種々の実体上・手続上の制約が付されている趣旨が上記の如きものであることに鑑みれば、共有物分割の訴えに対し、本件の如く、裁判所の関与の下に、厳格な訴訟手続を踏まえた上で成立した裁判上の和解に基づき、執行力、形成力、ひいては共有者に対する競売申立権を否定すべき理由は存しないものというべきである。

(4)  すなわち、本件においては、昭和五〇年の共有物分割請求の訴え提起以来四年間にわたり、一四回もの口頭弁論を開き、裁判所の関与の下で、慎重な審理・協議を重ねた結果、裁判所が、審理の全過程に基づき、本件は民法第二五八条第二項の競売の判決を下すべき事案であるとの心証を得たばかりでなく、当事者全員も究極的には競売を命じられても致しかたないという認識の下で、裁判所は直ちに競売を命ずる場合の後記の如き不合理性に配慮した結果、判決によらず、勧告し、当事者はこれに応じ、裁判上の和解に至ったものである。

(5)  そして、裁判所は、和解という紛争解決方法・形式に形成判決を結合することができないため、これを統一して、裁判上の効力をあらしめるため、任意的な紛争解決方法を経る合意をなさしめたうえ、最終的な解決方法として、裁判所が競売を命ずる判決をなす代わりに、これと同様な結果となるように、各当事者が競売申立権を相互に認め合い、これを裁判所が認可したものである。すなわち、実質的に裁判所が一種の条件付きで、競売を命じ、各当事者に競売申立権を与えたものである。

更に、この競売申立権付与という最終的な歯止めがあったからこそ、後記の如く、その段階に至るまでに、任意売却やその他の合意がなされたものと言い得るのである。

従って、本件裁判上の和解には確定判決と同等な形成力が与えられて然るべき基盤があったのである。

(6)  また、右和解の内容についても、単純な競売を命ずる判決よりも、当事者全員にとって、より多くの価格分割を期待できる任意売却の機会を当事者に与え、売却に必要な協議が整わない場合には、七分の四以上の持分を有する共有者の賛成をもって決することとし(和解条項第九項)、それが昭和五九年四月末日までにできなかったときは、価格分割の額が比較的低額になることが予想されるところではあるが、最終的には裁判所の競売手続によるという、実際に即した極めて柔軟性に富んだ紛争解決を意図したものというべきである。

かように、合理的な内容を有し、しかも厳格な手続と長期の時間及び多大な労力を費やした本件裁判上の和解に対し、原決定の如く、判決という形式をとっていないという一事をもって、共有者の競売申立権の法的効力を否定するのは不当なことと言わざるを得ない。

(7)  また、民法第二五八条は「裁判所ハ其ノ競売ヲ命スルコトヲ得」と規定し、判決による共有物分割を予定しているようにも解されるが、上記の如き共有物分割の訴えの趣旨に鑑みると、右規定の適用については、裁判上の和解についても判決に準ずるものとして解釈されるべきである。少なくとも、本件における右和解は、前記の如く、実体から考えて一種の条件付判決というべきもので、民法第二五八条の「命スル」に含めて解することは極く自然なことというべきである。

(8)  よって、本件申立は何ら民法第二五八条第二項の文言に反するものではない。むしろ、共有物分割につき、形式的形成訴訟という手段を設けて当事者の保護と手続の安定を図った上記の如き法の趣旨を考慮するならば、原決定の判断は、余りに形式的かつ狭きに失する硬直した判断といわざるを得ない。

(9)  更に、民事訴訟法第二〇三条は、裁判上の和解に確定判決と同一の効力を付与しており、紛争解決機能において両者に差異を設けておらず、本件共有物分割請求訴訟がいわゆる形式的形成訴訟であるとの一事をもって、両者を別異に扱い、裁判上の和解についてのみ執行力・形成力がないと解する合理性はない。

特に、本件裁判上の和解は、前記の如く、一四年間もの歳月を費やして成立し、実質は条件付判決といえるものであるにも拘らず、原決定は、判決という形式を経ていないことのみを理由に抗告人の競売申立権を否定しており、この点においても、著しく妥当性を欠く判断と言わざるを得ず、原決定は、民事訴訟法第二〇三条にも反する法令違反のものというべきである。

4 よって、抗告人は、抗告の趣旨記載の裁判を求め、民事執行法第一九五条、同法第一八八条、同法第四五条第三項及び同法第一〇条に基づき、本執行抗告に及んだ次第である。

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